2012年06月26日

狂ったステレオの世界#6

第六回、治るもの、治らないもの

入院生活も少しずつ確実に過ぎて行きます。
暇なので色々と調べ物をしていくうちにだんだん見えてくる結末が辛いところ。
神経は回復が難しいこと
退院=完治ではないこと
どれくらい聴こえるまで回復できるかわからないこと
旗色はどんどん悪くなっていく。

そんな中で、偶然にも同じ突発性難聴で入院してきた人がいました。
その人はその時点でまだある程度聞こえるそうで。
それからはふたりまとめて手術室でブロック注射をやるようになりました。
もちろん点滴もうっていました。
で、同じ処置を続けていてその人は回復したそうです。
結局、私より先にブロック注射を終了してました。

突発性難聴の回復は発症時の症状が重いほど難しい。
その事実がなんとなく重かった。
やっぱり私は簡単にはいかないんだろうなと。

情報を集めたら気付いてしまうこと、
完治できる治療法がない、
入院してもどこまで良くなるか解らない、
完治と言っても完全に元通りではなくある程度までの回復を指す、(日常生活には問題無いレベル、だけど音楽やる人間からするとかなり困る)
そんなものに意味なんてあるのかと思う人もいるだろうね。

それでも、この人のように治る事例もある。
だから確証がない治療なんて金の無駄とか言わずに、試してみるべきだと思う。

やれるだけのことをやらずに「治りませんでした」で、後で困った困った言うのはやっぱり違う気がする。
「お前にやる気があれば治ったかもしれないよ?」って言われる隙をすべて潰した上じゃないと「治らなかったよ困ったね」とは言えないよな〜って。

だけど、どれだけやる気があってもどうにもならないものがある。
聞こえない音を聞き取るように必死になってみる。
聞こえる耳を塞いでなんでもいいから聞こえて来いと。
死んでしまった神経生き返れ、目を覚ませと。
でもどうやればいいんだろう?

そうだ、「聞く」ことなんて無意識にやってたんだよね。
手を動かすよりもずっと考え無しで。
五感なんて電源みたいに切ろうと思っても切れない。
聞きたくないと思って耳を塞いでも、完全に聞かないなんて不可能だ。

じゃあ「聞く」ってどうすればいいんだろう?
どこに力を入れればいい?
意識を向けようにもその方向はどっち?
それが全然解らない。

音が聞こえなくなって思い知った。
自分の身体のことなのに、自分でできることが何も無いんだ・・・
大ピンチですか、どん底ですか。
ここまでの人生で未知の次元、本当に挽回できる余地が無い窮地に立っている。
posted by ゆう at 22:34| Comment(0) | 難聴
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